ぽたぽた と伝い落ちる緋色のそれは自分ではない誰かの命の水
積み重なるは抜け殻の入れ物たち 作り上げたのは自分
静かに享楽に至る この物言わぬ造型物を もっと作りたくて作りたくて作りたくて

「玄甲斐中尉!作戦は成功しました!お戻りを!!」

その声はただ緩やかに吹く風の一部となって戦場に空しく響いた

「東南のFポイントの制圧完了。怪我人はいくらがあるか戦死者はゼロだぜ」
「こちらも同じー。敵さんの抵抗も少なくてよかったね、今回」
「うん 2隊ともよくやったね。あとはもう大丈夫だから 各自休むように 伝達も忘れずに」
『了解!』
柔らかな賢将の語り掛けに隊員の空気が和む。いつも通りの迅速な作戦行動によって午宿隊に勝利と言う二文字が掲げられていた
「あれ?そういや新入りは?見あたらねえが」
鮮やかな緋色の髪の伊達男が、傍らに立つ流れる黒髪が美しいメガネの女性に問いかける
「まだ戻っていませんね。制圧自体の先駆けは来てますから直に・・・・」
そこまで答えた所で部屋の扉が勢いよく開いた
「玄甲斐みのり中尉下小隊、ただいま帰還しました!Sポイント制圧完了!負傷者はありませんが・・・その・・」
「どうした?かくさずいってごらん。それに亥甲斐自体は?」
「別室で待機しています。その・・ちょっと問題がありまして」
周りを気にしながら言えないとでもいいたげに語尾を濁す尉官に午宿隊の隊長午宿七実大佐は静かにこくりと頷いた
「いいよ。みなは下がってくれるかな」
なんでもない、と言うように目配せすると側近である戌の中佐を残し隊員たちはぞろぞろと部屋をでる

「あれ、新入りって誰でしたっけ?」
外へでたとたん尾羽を揺らした若い尉官が気の抜けたような声をだしたので
尋常でない様子にほんの少し空気が堅くなっていた隊員達だったが一気に顔を緩め肩を揺らす
「やだなぁみのりちゃんでしょー。君はほんとに忘れっぽいなあ。別にいいけどねー(アハッ)」
「みのり・・えーと・・あああ!尾羽!俺の尾羽抜いた奴かあ!」
納得したように声を上げるとまだほんの少し痛むのかさすさすと柔らかな羽を撫でる
「まあ立ち話もなんだし部下への報告をしてゆっくり休もうよー。甘いもの食べたいし」
綺麗な巻き毛に女性かと見まごう整った顔立ちの未の注意はこともなげに周りを促す
「あいつなにがあったのかねえ。怪我の類じゃあなさそうだったが・・・ま、いいか。大佐に任せとけば大丈夫だろ」
赤い髪の少佐は出てきた部屋の扉を一度だけ振り返り静かに目線を流しながらそう呟いた


「さて、それで どうしたのかほうこくして」
隊員たちがいなくなり少し広くなった部屋によく通る深い声が響く
「その・・亥甲斐中尉は迅速に作戦範囲を殲滅したんですが、そのまま殺戮行為を続け結局制圧地区を全滅させてしまい・・帰還が遅れたのです」
「暴走・・か」
左の親指を顎の下に当てながら苦い顔で戌の中尉が呟く
「潜在的な狂人性の持ち主だとはあったが・・・何かキーを引くようなことがあったのか?」
「いえ・・ただ戦闘が始まってすぐ傍で味方の兵が負傷してからすぐ人が変わったような目つきで戦っていたということです
 軍人であれば普通のことですがその軍人である私から見てもアレは異様としかいえません・・」
「元々力の暴走があるのは知っていたが、これほどまでとはな・・どうするななみ?」
静かに耳を傾けるだけだった午の大佐は少し哀しげに目を閉じ腰掛けていた椅子から立ち上がった
「亥甲斐はへやにいるのだね すこしいってくる」
「俺が行こうか」
心配げに見返る戌の中佐にふるふると首を振ってそれを制する
「だいじょうぶ。ここを頼む」
「そうか、それじゃあ任せられた。何かあったらすぐに呼べ」
「うん。ありがとう」
再び眼を開けたななみ隊長は幼馴染に静かに微笑みかけ彼女が待つ部屋と向かった

「・・誰・・?」
捕虜を入れるための小さな独房に入ってくるものの気配を感じそれは静かに顔を上げる
「亥甲斐。わたしがわかるか?」
暴走を止めるため打ち据えられた傷と大きな手械そして部屋にはむせ返るほどの血の匂いが立ち込めていた
その血は勿論彼女のものではなく、彼女によって生を終えた躯から噴出したものだ
異様に重い空気。それは彼女が発する殺気による物に他ならない
「たくさん・・ころしたそうだね・・」
しかしそんな空気を微塵にも感じていないように午宿大佐は厳かに罪人に刑を告げるように言葉を紡いだ
「戦争なんて殺し合いじゃない。僕はすることをしただけだ・・・全滅させてなにがいけないの?」
空気に似合わず幾分落ち着いたような声で彼女は口を開いた。だが、その目にはまだ獣のような狂気が灯っている
その証拠に頬には戦闘凶としての痣がくっきり浮き出で彼女の風貌を鋭くさせていた
「敵と敵ではないものの見分けが付かないものは 戦争には向かない・・・」
「敵陣にいりゃ皆敵だよ!殺したって構わない。そうじゃないの!?ねえ隊長!」
ギャン と獣が吼える。その顔には笑みさえ浮かべて

パンッ・・・・と乾いた音が部屋に響いた

「!・・なにすっ・・・・!」
ぶたれた事で逆上しようとした亥の娘は大佐の顔を間近で見たことで言葉を失う
「そんなことは いうもんじゃない。 わたしはかなしい」
少し遅れて頬が痛む。だがそんなものよりも自分より大分白いその頬に伝う水滴に目を奪われる
そして
「あ・・・ななみ・・大佐・・・」
「そういうのは いけない。必要なのは最低限の戦闘 であって殺す事 ではない。亥甲斐にはその力があるのに それじゃいけない」
零れ落ちるものを拭いもせずに真直ぐにいうその言葉に獣の頬のあざが少しずつ薄れていく
「もう・・わかるね?・・亥甲斐」
「・・はい・・・ごめんなさい・・・・」
正気を取り戻したか、娘は顔をくしゃくしゃに歪めて深く頭をたれた
「なぜそんなことになったのか じぶんでわかるかな?」
責めるでもなく宥めるでもない穏やかな声がくしゃりと桃色の髪を撫でる
「・・あの・・色々教えてくれた少尉が怪我をして大変だって思って・・・それで・・・そこから・・」
「味方の血・・かそうか」
この凶状持ちの娘は狂気の人格の間の記憶がある
抑えようと努力はしているようだがふとしたきっかけでそれが爆発してしまうため危険な前線に投入されていたらしい
大佐は少し考え込んでから思いついたようにゆっくり詩を歌いだした

  夜の帳が降りる頃私は静かに目を覚ます
 ぬばたまの常闇のその中で命の唄を紡ぎ出す
  それは呪の歌なれば届きし人は狂いけり
 惑いし想いあるならばすぐさま糧になるだろう
 いつかの淵に届くまで君よ振り返ることなかれ

抑揚のある流れるような旋律と深く静かな声につられるように顔を上げると
午宿の大佐は静かにほほえむ
「このうたを 亥甲斐にあげよう 古い伝承の唄だからおぼえにくいかもしれないが
 これをね 戦いの時に歌いなさい 余計なことをかんがえずに 作戦のことと うたのことだけ考えて」
「え?」
てっきり除隊になるものだとばかりいたみのりは潤んだ瞳を大きく見開いた
「だいじょうぶ 判っているならもう亥甲斐は二度とこんなことしない 
 手械ももう要らないね ここも出ていいから着替えてゆっくり休みなさい」
涙の筋を拭い取る事もせずこの優しい大佐は静かにこくりと頷いた
亥の娘は大佐がその場をあとにしても暫く呆然と座り込んでいたが、手械が外されようとすると子供のようにその場にへたこりこみ わあんと泣き出した





 

 

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